私の知らないアナタは 3
促されるままに彼の家へ入った。
何をされるのかとビクビクする私とは真逆に、彼はいたって平静で、玄関で靴を脱ぎながら脱衣所を指差した。
「準備してこい」
そう言ってリビングのソファへのそりと座り、読みかけで裏返しに開かれてあった本を手に取り読み始める。
それから私は、以前ホテルで準備した時と同じようにせわしくけれど丹念に身体を洗った。あの時の穏やかな彼の態度とは異なる、淡々として無表情な様子に、心は騒いでいた。
シャワーを終えて脱衣所に上がると、バスタオルが床に置かれてあった。
少し不思議に思いながら手に取り、身体を拭いていく。家に行った時もそうだったが、彼の無骨な態度とは異なり、いきなり乱暴をしてくるようなことはなかった。さらにシャワーを浴びてくるよう配慮もあった。大人びた穏やかな彼と、無関心な彼と、今の彼、何が本当の彼なのかわからなくなる。
それがこれからわかるんだろうか。バスタオルに身を包む、柔らかな形の少ない、女としては貧相な体つきの自分の姿を鏡に見て、決意して服を手に取った。
脱衣所の扉を開くと、すぐそばのリビングで本を読む彼の姿が見えた。
「シャワーありがとう」
彼はそれには応えずに、本をソファ近くのテーブルへ置いて立ち上がる。
「ここに座れ」
ソファを指して、彼は棚から物を取り出す。
前買ったものだからなんなのかすぐにわかった。タオルとローションと、コンドーム。怖じる心を置いて、身体は自然と火照った。
やっぱりするんだ。
わかっていて付いてきたけれど、火照る身体は同時に震えた。ソファへ座る。と、突然視界が真っ暗になった。
「えっ」
いつのまにか後ろに回った彼が布かなにかで目隠しをしていたようだった。
「なに 待って」
「これをもし外したら」
私が慌て上げた声を遮ってきっぱりと彼は言う。
「この関係も終わりだ わかったな」
真っ暗で何も見えない。これからはじめてのことをするのに、これでは恐ろしすぎる。
「や やだ、ひどいことはしないで」
思わず涙声になって請う。すぐにそれを発していた唇は彼の唇で覆われた。
唇とわかったのはその感触のせいもあったが、その中から熱い粘膜に覆われた柔らかい舌が入ってきたからだった。舌ははじめ丹念に前歯から奥歯までしごいて、上顎をくすぐると舌をゆっくりと絡めてきた。さきほどまで見せていた無表情の彼がこんなことをしているなんて信じられない。誰か別の人間なのではと汗を垂らしながら頭を巡らせたが、その感触は確かに彼だった。
それでもその動きは終始優しく、顎をつかむ片手も、私の手を握っている片手も私の動きに合わせてやわらかだった。
その優しさと嬉しさと、快さに腰はガクガク揺れ、身体はソファに埋まる。
恋人のような口づけと優しい触れ方に、彼の心がますますわからなくなった。
セフレだからこそ割り切って愛撫をしてくれているのか、許してくれたのか。
表情がわからないから、これがなんなのかわからない。
「サスケ、くん」
口づけの間に必死に彼の名前を呼ぶ。
「なんで、わからないよ、どういう意味なの」
彼はしばらく答えず、恋人のような口づけをするままだった。唇を合わせるだけのもの、唇の肉をついばむようなもの、唇の中をこじ開けて丹念に唾液をすするもの。
そしてようやく言葉が聞こえた。
「ルールだ。この部屋にいる時オレは何も答えない」
そう声が聞こえたと思ったら、唇を首筋にそっと押し当てられてひゃっと声が出た。首に、鎖骨に、腕に、手の甲に。
あの時と同じだった。
違うのは、見えない彼の表情と関係だけ。
そして、拒絶した私。
あの時伝えられなかった言葉を、理由を言う時が来た。
「私の知らないアナタを、サスケくんを知っている人がいるって思うと、いつも辛かったの」
口づけが止まる。
「駄々こねてただけなの……サスケくんが……大人びてるから……。こんなことでさえ私より先に……アナタを知っている人がいるって思うと…」
あの日のことを思うと心がギュウと締め付けられた。けれど、今の自分たちの関係より辛いものなどない。
「だから…ごめんなさい……」
静寂のあとは無言が続くばかりだった。どうやって謝ればいいか、この言葉しか用意してこなかったものだから、なにかを待つ彼に気がはやる。
「本当にごめん……許して…欲しいの……前みたいに一緒に…」
願望をそのまま言葉にした。これしかもう彼へ放つ言葉は残されていなかったから、これで許されなかったらどうしようかと声は震えたし、涙が知らずあふれた。
「ひ」
下腹部のヘソの下に、グ、と口づけされた。
許してくれたの?
安心と戸惑いが入り混じって少しだけ口角が上がったが。
「そんなことだったのか」
「え」
ベロリとヘソの下を円を描くように舐められた。
「だがそれはもう関係ない」
関係ないんだ、と独りごちて、彼はショーツをずり落とした。
「えっ、やっ、サスケくん!?」
「あまり声を出すなよ。人が来るかもしれん」
「話を聞いて……ひあっ」
太ももを開かれて、その間の秘所も暴かれる。
先ほどからの彼の愛撫でそこは大きなヒダまでグッショリと濡れていた。少し冷たい外気に触れてビクリとする。恥ずかしさで思わずソコを両手で隠す。
「やだよ……」
うう、と鼻をすする。理由も言ったのに何故。許してくれないまでも、こんなことで関係を崩すような彼は知らなかった。
隠していた指に彼の指が絡まり、ゆるりと解けていく。抵抗したいのに、彼の本心がわからなくて、彼に本当に拒絶されるのが怖くて許してしまう。
膝から太ももへ指をツツ…と触れられ、太ももと秘所の間を丹念に口づけされる。皮の味と、肉と骨の感触を確かめるように。それだけでもたまらなくて、秘所からは愛液が満ち、こぼれる。
「ああ」
思わず悲鳴があがる。それと同時に秘所の一番大きなヒダを彼の唇にすっぽりと覆われ、たまらず大きく悲鳴をあげた。唇の中の温度が秘所全体を包み込み、ヒダ奥の穴はキュウウと狭まる。
自分の感じている悲鳴を聞きたくなくて、両手で塞ぐ。彼にされて強く感じているという証明を自分でわかってしまうことで、さらに強く感じてしまう気がした。
それを察したのか、彼はスピードを弱めてゆっくりと秘所に息を吐き、じっくりとあたためる。さっきの態度とは全く違う、恋人のような気遣いが何故だか悲しかった。
じわじわと身体を巡る快感に、全身はソファにぐったりと落ちていた。抵抗しようにも腰が震え、身体は鉛のように重く動けない。
突然強い痛みのようなものが来たかと思えば、ヒダを彼がベロリと舐めていた。ひ、と強い悲鳴が出るのを手で押さえる。
彼の唇はヒダに吸い付いたり、舌でツンと遊ばれたり、ベロベロと舐めまわされ、愛撫の激しさに秘所が愛液の湿り気でふにゃふにゃになってしまっているのではと、視覚を奪われている身では想像しかできなかった。愛液も臀部を既に伝い流れ、ソファを汚している証拠に背に冷たさを感じる。
身体の中心に電撃が走った。思わず高い悲鳴をあげた。なにが、と思ったがわからない。彼は待たず一番小さなヒダを舌でゆっくりとねじ回す。
あああ、と両の頬を手の平でおさえ、この心地よさをどうすればいいかわからずただ感じる。ヒダを舐めまわされて無音の部屋にピチャピチャと音がする。そうしていると、またあの電撃のような快感が全身を走った。わかった、彼は陰核をほんの少しだけ舐め、それから奥のヒダを舐めて、ゆっくりとその奥の穴を広げている。
入れる準備をしている。ゆっくりと、私が傷つかないように。丹念に、私が感じるように。
まるで恋人のようで涙があふれる。こんなに思ってくれているのになぜ。
彼の舌はすでに膣に出し入れをしゃぶるように行なっていた。彼に注意された声もはばかることができず嬌声をあげてしまっている。腰は彼の舌の運動に合わせてゆっくりと前へ、後ろへ動く。快感がたまらなくて、彼の頭を強くおさえてしまっていたが、なにも言われはしなかった。
ただ、彼の恋人のように快感をむさぼった。
太い指ははじめ、膣の中のヒダを傷つけまいかとしているかのようにゆっくりと入ってきた。そして三本目になり激しい動きになり、私が腰を振り、何度目かの絶頂を終えるまで、あくまで優しかった。
彼の大きな肉棒が入ってきた時、不思議なくらいに痛みはなく、膣の中に入ってくる大きな圧迫感と硬さを感じた。もうその頃には、彼と早く繋がりたくて、この快感をどうにかしたくて、快感を彼と味わいたくて、悲しみなど忘れていた。
彼の私を慮るゆるやかな律動も、ヒダの感触を楽しむ動きも、どこが気持ちいいのか探る楽しげな雰囲気も、すべて心地よく気持ちよく、嬉しかった。
家の外から聞こえてくる車道のエンジン音。近くにある小学校の下校時を示す子供達の笑い声。夜になって少し聞こえた飲み帰りの学生の騒ぎ声。
目を塞がれていることで耳がよく聞こえたのかもしれない。それらを聞きながら、ひたすらに彼と交わっていた。
彼の肉棒と自分の膣が擦り合う、愛液とコンドームと精液が絡み合う音。擦り合わせるために肉と肉が重なり弾け合う音。唇と唇を合わせるだけの音。唇の中の粘液を絡ませ合い、唾液を与え合う音。
真っ暗な闇の中、交わる私の顔を彼はじっと見ていたような気がした。