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<p>2017/1/29全忍集結4で無料配布した小説です。</p><p>ナルヒナ、サスサクの話をそれぞれ書いています。</p><p>ピクシブの方が読みやすいと思うのですが→<a href="http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7777951" target="_blank">http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7777951</a></p><p>こちらでもアップしておきます。</p><p>&mdash;&mdash;&mdash;&mdash;&mdash;&mdash;&mdash;&mdash;&mdash;&mdash;&mdash;</p><p><b>ナルトとヒナタ</b></p><p> 庭先に青々しく茂っている植物に水をかける。くるぶしぐらいまでの背の低い緑の濃いもの、膝に届くぐらいの緑の薄いほんわりとしたもの。まだ2種類しかないが、自分が植物が好きだと知っている知己の友人達から新居祝いにもらった大切なものだ。</p><p> これまでアパート住まいしか経験がなく、鉢植えでしか植物を育てた事がなかったので、勝手の違いに最初は苦労したものの、今はこうして青々と茂っている。普段は任務が忙しく定刻に水をやれない時があるが、そんな時は「奥さん」のヒナタが世話をしてくれる。</p><p> ほわっと耳に熱を感じ、こめかみをポリポリとかく。「奥さん」と自分で言っておいて照れ臭くなったが、結婚してまだ日も浅いのだ、仕方ない。</p><p> すっと気持ちの良い冷たい風が、熱を帯びた耳を撫でた。この季節の温度は過ごしやすくて好きだ。ただ、同時に寂しいような、切ないような気持ちになる。</p><p> なんとなく心細くなって、自然と足は家の方に傾く。空になったジョウロを庭の水道の蛇口近くに置いて、玄関へ入っていく。家の中から香ばしい、いいにおいがする。夕食の時間だ。</p><p> これが家のにおい。幼い頃、いや、つい最近まで、外からにおってくるそのにおいに少しだけ胸を詰まらせた覚えは久しかった。</p><p> 振り返って、清々しいまでに紅い夕焼けが木の葉の里を照らしているのを見渡す。</p><p> そう、ここがオレの家なんだ。</p><p> 同居はじめは少しだけもたつかせていた調理も今では手慣れたもので、ヒナタはフライパンからサッと2匹の白身魚をそれぞれの皿に取り分ける。その皿を受け取って、リビングのテーブルの上のランチマットに置く。</p><p> 自分達2人にはこのテーブルもリビングも、家も大きく、狭苦しいアパートに住んでいた自分にとっては広すぎて、所在ない心地がするぐらいだった。でもヒナタがいて、2人の生活を始めていくとすぐに慣れた。まあ、広いのは広いのだが。</p><p> こんがりキツネ色に焼けた白身魚からはいいにおいが漂ってきて、すっかりお腹を空かせた身には嬉し辛い。おっとりと確実に料理を仕上げていくヒナタに反して、忙しなく食器の準備をする。</p><p>「いっただきます!」</p><p>「いただきます」</p><p> 待ってましたとばかりにギュルルと腹の虫が鳴った。ヒナタと目を合わせ、笑い合う。</p><p> とにかく口の中へ、胃の中へかきこむ。</p><p> 魚がカリカリに香ばしく、本来淡白な味の魚のはずなのにしっかりと味付けがされていてウマい。秋の旬菜が魚の味の濃さをほどよく緩和してくれる苦味と甘味でウマい、白米がふっくら炊きたてでウマい、朝食に飲んだ残りの味噌汁も1日に何度飲んでもウマい。</p><p> 幼少期にまともな家庭の味というやつを知らなかったせいか、食べ物の味については濃ければいいやというテキトーさだった。格式ある日向家で育った、家庭の味に慣れ親しんだヒナタによってそれが調教されつつあると言っていい。</p><p> ヒナタも自分と同居するまでは調理レベルは年頃の女の子並で、台所に頻繁に立つ事はなかったそうだ。自分で調理せねばとなった段階で初めて、厨房からレシピを一気に教わったという。</p><p> 実際、初めは、一体いつになったら出来上がるのかと不安になる程時間をかけたり、時には失敗させたりしていた。だが何事も丹念に慎重深いヒナタである、味音痴の自分でもこうしてきちんとした料理をウマいウマいと食べれるようになった。</p><p> ラーメンやカップ麺とはまた違った、格別のウマさである。</p><p> ありがてえなあ、ああ、ウマかった、と箸を置き手を合わせる。</p><p>「ごちそうさまでした! あーウマかった」</p><p>「よかった」</p><p> 育ちの良いヒナタは口の中の物を完全に飲み込んでからニコリと答えた。</p><p> 性格の通り食事のスピードも全く違うので、食べ終わった後はゆっくり咀嚼するヒナタを視界に置きながら新聞を読む。</p><p> よく驚かれるのだが、ヒナタと2人きりの時はあまり自分は喋らない。無駄口を叩かないというのが正しいとサクラちゃんには言われた。ヒナタも元々多弁ではないので、自動的に2人きりの時は静かになる。</p><p> けれど手持ち無沙汰になっている訳ではない。ヒナタといると確かな安心感があった。</p><p> これまでの自分が無駄口叩き――多弁だったのは、何か喋っていないと置いて行かれてしまう、見向きもされなくなる、という焦燥感があったような気もする。そんなものはこの場所には全くないのだ。</p><p> 自分にとってヒナタは特別だという事を、2人になってさらに強く感じるようになった。そんな事は、なんだか照れ臭くて言えねえけど。</p><p>「ねえ ナルトくん」</p><p>「お おう!?」</p><p> 内心でひっそりと照れていたところに突然話しかけられて少し動揺した。ヒナタはいつの間にか食事を終えて、湯呑みを両手で持っていた。</p><p>「誕生日の夕ご飯 何がいい?」</p><p>「夕ご飯…」</p><p> 結婚してから初めての誕生日という事で、当日は同班員達の粋な計らいによって非番になっている。せっかくの休日なので修行や身体を休める為に使おうかとも思っていたのだが、誕生日のプレゼントは何がいいとか、どこそこに出掛けようかとか、ヒナタも静かに張り切っているようでそうも行かなくなった。こそばゆい嬉しさがある。</p><p> 誕生日は晩メシまで指定出来るのか、と思いながら少しばかり思案してみる。</p><p> 一楽のラーメンは少しばかり食べ飽きているし、言った時のヒナタの落ち込み具合がさすがに分かる。何か豪華な食事でも作ってもらおうかと思ったが、豪華な手作り料理というものが分からない。</p><p> そう言えば以前、ヒナタにご馳走しそびれたコース料理というやつを一緒に食べるのはどうだろうか。あれならヒナタの手をかける事もないし、おそらくウマいに決まっている。</p><p>「ヒナタ じゃあアレ あの――」</p><p>「うん」</p><p> 言いかけて、そう言えばと思い出す。</p><p>「―――えっと…」</p><p>「うん」</p><p>「……お子様ランチってのが食べてみてえんだけど…」</p><p>「お子様ランチ?」</p><p>「……うん」</p><p> 目の前のテーブルに、これでもかと、料理の乗った皿が所狭しと並べられている。</p><p> カレー、ハンバーグ、フライドポテト、オムライス、サクランボが乗っかったプリン、エビフライ、タコのウインナー、スパゲティ、木の葉のマークの旗がてっぺんに乗ったチャーハン。</p><p>「………」</p><p>「あの その お子様ランチって私も食べた事なくって…レストランで調べて来たりもしたんだけど…」</p><p>「すげえ…」</p><p>「?」</p><p>「すげえウマそー!」</p><p> 黄色、緑、赤。色彩豊かでにぎやかだ。形も多種多様で、でも単純で、分かりやすい。</p><p> そして何よりにおい。濃厚で、でもちょっと優しくて、食欲をそそる、なんだかわくわくするにおいだ。今すぐかぶりつきたい。</p><p>「いただきます!」</p><p>「ハイ どうぞ」</p><p> まずはどれから食べようか。目移りするが、ひとまず持っている箸の先のすぐそばにあるハンバーグにしよう。</p><p> 肉に箸で切れ込みを入れると、中からジュワッと肉汁が出て、上に乗っかっているたっぷりのソースが垂れる。おお、ウマそう。</p><p> 肉汁とソースを落としてしまわないように箸を口まで運ぶ。口の中に肉のうまみと肉汁のうまみが熱を伴って伝わってくる。うお、ウマい!</p><p> 思わず次々に箸が飛ぶ。</p><p> 甘いカレーは初めてだったが優しくてウマかった。芋をそのまま使ったフライドポテトは手作りの味がして優しい。ケチャップがたくさん混ざった味のオムライス。プリンは乗っかっているサクランボがなんだかかわいくて手につけるのを躊躇する。程よい熱で揚げられたエビフライはふにゃっとやわらかい。タコのウインナーはどうやって作ってんだ、コレ? ケチャップのスパゲティはオムライスと似ているようで味は全く違う。木の葉の旗がてっぺんに突き刺さっているチャーハンは少し心をワクワクさせる。</p><p> 一心不乱に食べていてようやく気付く。向かいで、自分も皿に少しずつ取り分けながら、ウズウズと反応をうかがっているヒナタが視界に見えた。</p><p> なんか言わねえと、と思い、箸を止めて口の中身を咀嚼しながらうーんとうなる。</p><p> いつもの料理もウマいけど、これもウマい。なんて言うか…舌に直接くる味で分かりやすくウマい。でもコンビニや外食で食べる味とは違う。ああ、なるほど、これが家庭の子供が食べる味なんだな。普通の家族が味わう味。</p><p> そう思うと、ポロッと涙がこぼれた。自分もヒナタも驚いている。</p><p> 少しも悲しくないのに、泣いてしまったらヒナタが困ってしまう。ヒナタに泣き顔を見せまいと顔を伏せ、次々に溢れてくる涙をせき止めようとするがなかなか止まってくれない。</p><p> なんか言わねえと、と言葉を紡ぐ。</p><p>「な なんでもねえんだ。本当になんでも……。……あ…あのさ…オレ…親がいなかったから…こういう子供の食べ物ってのを食べた記憶がねえんだ。だから…子供の食べ物の代表って言ったらコレかなって…どんな味かなって…食べてみたかったんだ ずっと」</p><p> ヒナタがいつものようにゆっくり頷きながら聞いてくれているのが分かる。だから安心してゆっくりと言葉を重ねる事が出来、そして自分の思いに気付けた。</p><p> ああ、嬉しいんだな、オレは。</p><p> 嬉しい時は、泣いてもいい。</p><p>「想像してた何倍もウマかった」</p><p> 涙をこぼしながら、顔を上げてニカッと笑って言った。心配そうにしていたヒナタもゆっくりと口元を綻ばせる。</p><p> それから、ヒナタが張り切りすぎて大量に作ったこの夕ご飯を2人でなんとか食べ終えた。けれどこの満腹感は、なんだかいい。</p><p>「こんなおいしいもん…皆 子供の時に食べられんのかあ すげえ損した気分」</p><p>「また作るよ」</p><p>「やった!」</p><p> 喜んで両腕を挙げて、少し黙った後、ヒナタに言う。</p><p>「この料理 オレ達の子供にも作ってくれな」</p><p> 自分が子供の時に食べられなかった分も食べて欲しい。大事な事は、全て与えてやりたい。</p><p>「ウマいウマいって言う顔が眼に浮かぶよなあ」</p><p> ヒナタは柔らかく微笑みながら、お腹を愛おしそうにさする。</p><p>「そうだね…色んな食べ物を食べて 皆で笑って…そんな食事をしようね」</p><p> そう語りかけるヒナタと、お腹に宿る赤ん坊を目を細めて見つめる。</p><p> 少し肌寒くなるこの季節は、自分に寂しさばかりを与える季節ではなくなった。ヒナタが隣にいてくれることで、家族があることで、この里があることで、あたたかい季節に変わっていく。</p><p> 家族の食事というものは、こんなにもあたたかいものなんだな。</p><p> 箸を置いて、両手を合わせる。</p><p>「ごちそうさまでした」</p><p>「ごちそうさまでした」</p><p><b>サスケとサクラ</b></p><p> 空が黒で覆われる少し前。山々が黒ずみ真っ青な空が広がる頃、静かに燃える焚き木をサクラと2人で囲んでいた。</p><p> 飯ごうで炊いた飯、辺りに生えていた草葉とキノコのスープ、干し肉、という質素な夕飯を食べ終わって、静かな刻を過ごしている。</p><p> 2人で旅をし出して気付いたが、サクラは案外静かな女だった。</p><p> 自分が木の葉にいて下忍として7班で活動していた時、特にカカシを待つ任務前の朝などは、ナルトとベラベラ喋っていて耳障りな事この上なかった。だが今は、必要な事は詳しく話すし、場を和ませる会話をする事もあるが、無駄で冗長な会話というものはなかった。</p><p> 相手によって違うのだろうか、まさかここまでついて来て緊張しているのかと、少しの好奇心で口数が少ない理由を尋ねた事もあった。サクラは、本来大人しい気質なのだと、照れながら言った。</p><p> 本当のところはどうなのか分からないが、自分の前では静かなサクラもサクラのありのままの一面なのだろう。</p><p> ただ、そうやって静かに2人で過ごすのも悪くないと思えた。今のサクラと昔のサクラとで、本質的には何も変わっていない。</p><p> コップに残った水を一飲みして、明日の予定を伝える。</p><p>「明日だが 正午には調査は終わると思う」</p><p>「そう 私は前みたいに石碑なんかを探せばいいのね?」</p><p>「ああ 頼む」</p><p> ここで野営をしているのはある調査の為だった。カグヤの跡の調査だ。今ではやや旅の本筋になっていると言っていい。</p><p> カグヤと戦った後、大きな違和感が残った。あれほどまでに強かったにも拘わらず、白ゼツの兵団を作り戦争の準備をしていた。その違和感をナルトも同じように感じていたようで、大戦直後に何度か話し合ったが、雲をつかむような情報の少なさで結局結論は出なかった。</p><p> しかしその違和感がどうしても気になり、こうしてカグヤの跡を追っている。</p><p> 興味本位ではなかった。カグヤとは別の、次の息災が潜んでいるとしたら。</p><p> その事を同行者のサクラには言っていない。言って不安がらせるのはこの段階では無意味だったし、嫌だった。</p><p> 戦時中のサクラの必死な様子と、今、安心そうな表情で静かに座っているサクラの様子をふと重ねて見る。この穏やかな表情を無意味に曇らせるのは嫌だった。</p><p> こちらの視線に気付いたようで、居心地が悪いのか、片手で持っていたコップを膝に両手で抱える。</p><p>「まだ早いけどもう寝る? 明日も輪廻眼使うかもしれないんでしょ」</p><p>「そうだな」</p><p> 立ち上がって、焚き木を消す為の水を汲みにバケツを手に取る。サクラは食べ終わって空になった食器を集める。</p><p> 川へと歩きながら、いつの間にか真暗になった夜の空を見上げる。</p><p> サクラは聡い女だ。自分が何らかの問題を密に抱えている事に気付いているのかもしれない。</p><p> それでも何も言わず、着いて来て、支えてくれるのはありがたかった。それはほっとするような安心感でもあった。</p><p> 繋がりを切り捨てた自分に安らぎが許されるなどと考えもしなかった。だから余計にこの安心感は、いっそ毒だった。</p><p> それは、ずぶずぶと身を任せそうになるようなあたたかさだった。</p><p> このあたたかさに身を委ねてしまっていいのか、まだ答えは出せずにいる。</p><p>「サスケくん! あったよ!」</p><p> 日が昇って間もなく調査を開始したが、思いの外早く目当てのものは見つかった。</p><p>「確かに村人が言っていた通りの石碑だな」</p><p>「うん 今度は当たりだといいね」</p><p> ここから遠く離れた村に住む、土着の民俗学を趣味で研究している年寄りに聞いた話だった。その年寄りの曽祖父の代には、この一帯の森は当時価値のあった鉱石が取れ、村人達も多く通っていたという。その時にこの石碑――木の根元に埋め込まれたように置かれ、見た事もない文字が書かれている石碑を見たと、その年寄りは曽祖父から聞いた。それで多少の好奇心で探しこの石碑を見つけたが、やはり何も分からなかったという。</p><p>「読める?」</p><p>「いや…これは恐らくダミーだ」</p><p> 片手印を組み、輪廻眼を発動させる。当たりなら、おそらく何らかの文字が見える。</p><p>「……どう?」</p><p>「…外れだ」</p><p>「そっか まあまた次を当たればいいよ」</p><p>「ああ…サクラ 出発するから野営場所を片付けておいてくれるか 少しの間だけ周囲を確認してオレも行く」</p><p>「わかったわ」</p><p> 薮をわけぬって行くサクラの後ろ姿が見えなくなったのを確認する。</p><p> もう一度石碑を見つめる。確かに文字が読める。</p><p> 当たりだ。</p><p> ならばここにカグヤの時空間へ繋がる跡があるはず。チャクラを練る。</p><p> サクラを行かせたのは、カグヤの事を告白する覚悟がまだ出来ていなかったせいだった。輪廻眼を目の前で発動させておいて今更な気はしたが、カグヤの異空間へ行くと言えば余計な心配をかけるのではないかと不安があった。</p><p> かなりのチャクラを練った段階で、ようやく異空間への穴が見えるようになった。</p><p> カグヤと戦った時に見た、同じあの感じだ。これを自分1人が通れる穴に広げるまでどれほどのチャクラが要るのか。サクラの白豪のチャクラもあったとは言え、オビトの力量がどれほどだったか身に染みて分かる。</p><p> ようやく1人分の異空間への穴を開いた時には、汗が滴り落ちていた。異空間自体はここから見える限り、林が茂った野原で、害はないようだった。</p><p> このままじっとしている訳にも行かない、この異空間への道もいつまで開いておけるか分からない。そう思い、足を動かした時にふと考えがよぎった。</p><p> 行きでこの膨大なチャクラ量を消費し、果たして帰りは無事に帰って来れるのか? もし帰れなかったら――</p><p> 印を結んだ右手に汗が落ちる。</p><p> フッと口の端が上がる。帰れる場所があると思える今の自分が可笑しかった。笑ったのは、愛情の受け入れ方を知ったが、贖罪の狭間で揺れ動く自分だ。</p><p> ただ、今のオレのやるべき事は、皆を守る事だ。そう決めて、足を動かした。</p><p> 自分が足を踏み入れた場所は、カグヤと戦った時のような異空間とは違っていた。青空が広がり、丈の短い草が風でなびき、蝶や虫が飛び交うのどかな場所だった。</p><p> どうやらアレらはカグヤにとって敵を排除する為の異空間だったらしい。少々拍子抜けしたが、幾分か疲弊した自分にとってはありがたかった。腰掛けれそうな岩を見つけ、そこで腰に下げた水筒をあおる。</p><p> のどかな場所――そう思ったが、違うかもしれない。いや、ただそれだけなのだ。のどかな場所という記号を表す為の物は揃っているが、それ以外がなかった。カグヤの異空間は全て何か目的があって設置されており、雑然とした場所がない。現実の場所とはかけ離れていた。例えば木の葉の里のような。</p><p> 木の葉を思い出すと、同時に同行人の事が気になった。ここに来るまでにかなりの時間をかけてしまった。もしかしたらサクラが心配して戻って来てしまい、自分を探しているかもしれない。</p><p> 成果はなさそうだが、少し探索してから戻ろう。立ち上がって周囲を見渡そうと後ろを向く。</p><p> 気配はなかった。数十メートル先に、馬のような、鹿のような、そうとは言えぬ大きさの不可思議な生き物がいた。4メートルほどの背丈だ。</p><p> 今はただ草を食んでいる。黄土色の短毛の毛並みで、金色のたてがみを風になびかせていた。顔だけ鮮やかな緑をしており、明らかに現実の生き物ではなかった。少なくとも見た事はないし、資料でも目にした事はない。</p><p> 刺激せぬよう足を動かす。この距離と見通しの良さだ、獣が自分の存在に気付いていない筈はない。そうであれば、敵意を見せなければ襲われる事はない。</p><p> ひとまず、この場を離れる。</p><p> そうして身を後ろに下げた直後、獣が草を食むのをやめて首をあげ、こちらを見た。刺激せぬよう目を逸らすが、獣の様子は徐々に変化している。鮮やかな緑の顔が徐々に赤く染まり、遂には真っ赤に変色した。</p><p> どうやら、この生き物にとって自分は侵入者と見なされてしまったらしい。</p><p> 獣が自分に向かって足を振り下ろす直前、駆けた。</p><p> すんでのところでかわせたようだ。先ほどまで自分がいた岩場には、獣の足からむき出しになった巨大な爪が突き刺さっている。</p><p> 獣は岩から爪を抜くと、ブルルと息を吐く。頭から角のような物が少しずつ前方に向かって生えていき、口の中に収められ見えなかった犬歯が見る見る間に伸びていく。巨大な角と牙を携え、興奮して荒く息を吐いている。もはや臨戦態勢というやつだった。</p><p> 獣の息が整う前に全速力で駆け出す。</p><p> この獣を狩るつもりも駆除するつもりも、自分にはなかった。正しくは出来ない。何らかの目的があってカグヤに創られた獣かも知れない、あるいは何かの手掛かりを持っているかも知れない。それが判明するまではこの獣を殺す事は出来なかった。</p><p> しかし、追って来る獣の気配も徐々に近付いていた。段差のある場所ならまだしも、野原しかないこの平地で、動物との駆け合いなどさすがに勝敗は知れている。ではどうするか。</p><p> その瞬間、獣が角を向けて急加速した。もう回避できる距離とスピードではなかった。この獣は計算している。</p><p> 確実にこちらを狙って、来る。避けられないと直感で分かった。体の上体だけ左に逸らす。</p><p>「グッ!」</p><p> 獣が突き上げた角が右脇腹を掠った。その衝撃を押し留める事なく、突き上げられた力を利用してそのまま転がる。転がるスピードが弱まってから、地面に手をつき体勢を整えた。獣は次の追突を準備しているのだろう、地面を幾度も蹴り上げていた。獣との距離は15メートルほどか。クナイを取り出し、地面に突き刺す。</p><p> よし、これでいく。</p><p> 瞬間、地面を蹴り上げて飛ぶ。獣は先ほど自分がいた地面で角を突き上げている。完全に回避できた。獣の足元にクナイを飛ばすと、察知されたのか足でくぐって避けた。</p><p> 先ほどと同じ距離で獣との間を取るよう、地面に着地する。獣は獲物に逃げられた事で興奮が高まっていた。肉食動物のように、吐き出す息とともに唾液が地面に垂れ落ちている。そしてまた地面を蹴り上げる。これで成功率は8割。クナイを地面に突き刺す。</p><p> 地面にクナイを突き刺す、獣の突進を避ける、クナイを投げる。</p><p> この反復作業を十数回繰り返したところで、最初に角に掠った脇腹が疼き出した。止血する暇がないので、当たり前だが出血は止まっていない。それほど大きな傷ではないが、ある程度長く跳躍する必要がある為、その蓄積の分、傷が開いている。早く済ませなければ。</p><p> 獣の攻撃方法は単純ではなかった。自分が跳躍する事が分かったので、角を上に突き出す、塩酸のような溶液を飛ばす、巨大な牙を向いて噛み付こうとする、など。こちらはとにかく避ける為に、ただし獣が自分のいた位置まで追って来るように距離を保ちながら、マントで溶液をかわしたり、獣が突き上げてくる鼻を蹴って跳躍するなどしか対策はなかった。とにかく怪我を負わせないようにしなければならないので、術も容易に使えない。</p><p> ただ、人間のような知的動物ではなく、動物の直感と計算で動いてくれる獣が相手であったので、逆に相手の次の動きが読めたのが救いだった。</p><p> が、そんな体力がどこに残っていたのか、想定以上の高さで獣は牙をむいて来た。下半身を逸らしすんでのところで回避したが、マントが一部噛み切られた。そろそろか。地面に着地し、クナイを突き刺す。</p><p> 息が上がっていた。それだけではない、口中に違和感があった。手がわずかに痙攣している。どうやら脇腹を刺された時に毒が混じっていたようだ。そう重くはない毒のようだが、早く終わらせなければならない。</p><p> この程度の毒ならば、以前の自分であればおそらく耐性があった。木の葉に帰り、大蛇丸の所にいた時に盛った薬を抜いてもらい、耐性はなくなった。その事に後悔はないが、今の情勢は厳しかった。</p><p> 獣が次に突進する準備を整わせ、地面を蹴り上げている。跳躍しなければ。</p><p> そう思った時、下半身の震えが始まった。力が入らない。</p><p> 獣が突進してくる。ダメだ。避けられない。</p><p> 獣の真っ赤な顔面から口がぽっかり開き、巨大な犬歯で噛みちぎらんと涎を飛ばして襲いかかって来る。致命傷は避けられないと汗をかいた時、はたと気付いた。そうだった。素早く印を結ぶ。</p><p> そして、獣の歯ががっちりと食いちぎった。先ほど自らが食いちぎったマントの端切れを。</p><p> サスケは食いちぎられたマントがあった数メートル先に立ち、ガクッと座り込む。</p><p> ハア、ハア、と息を吐き、整える。ボケボケと旅をしていたせいか寸前まで思い付かなかった自分の研鑽不足を恥じる。またこの眼のおかげで助かった。輪廻眼だ。</p><p> 獣はまたもしくじったと、今度はさらに勢いをつけて駆けようとする。しかし、身体が何かに縛り付けられているかのように身じろぎをするばかりだった。</p><p> 成功した。これが何回もあの反復作業をしていた理由だった。</p><p> 獣の身体は幾多のクナイにくくりつけられたワイヤーに縛られていた。</p><p> クナイを何本も必要としたのは、数本だとこの巨大な獣の力で抜かれてしまう恐れがあったからだ。</p><p> ウウウと獣が唸る。</p><p>「数十分で解ける 大人しくしていろ」</p><p> 獣が永遠に拘束されてしまう事がないよう、ワイヤーの留め具のクナイに起爆札を付ける。これで自分が現実世界へ帰る時間分は稼げる。</p><p> サクラから貰った医療パックを腰から引き抜く。万能だが、効果の薄い解毒剤を口に入れる。毒によって口内が乾いている為、飲みにくいのをなんとか胃に流し込む。傷口は毒が取り除けないので手当て出来ない。早く戻ってサクラに治療してもらう他ない。最後に増血丸を飲み込む。</p><p> 現実世界への道を開けようと印を結ぶと、指がプルプルと震え焦点が定まらない。痙攣が酷くなってきている。早く戻らなければ。</p><p> 毒と出血で朦朧としつつある意識を奮い起こし、チャクラを練る。</p><p> 残っているかなりのチャクラを練っているが、まだ道は現れない。そうこうしている内にも、脇腹からはますます血が流れ出し、意識があやふやになっている。</p><p> 戻れるチャクラは残っているのか? 一度も行った事のない現実世界への帰還が自分に可能なのか? 意識が煩雑になっている、集中出来ない。</p><p> オレに戻る場所なんてあるのか?</p><p> 思考が固まり、練っていたチャクラが途切れた。軸になっていた意思が折れた。体がフラフラと彷徨い、草原に倒れ込んだ。</p><p> 地面に顔を突っ伏して、口内から湧き出る泡を吐き出す。ヒューヒューと荒く吐き出される息を、他人のように聞いていた。</p><p> 頭上にヒラヒラと蝶が飛んでいる。目だけを動かして草の間からそれをぼんやりと見つめる。</p><p> サアッと優しい風が草を撫ぜる。</p><p> こんなおだやかな場所で死ぬのもいいかもしれない。1人で、誰に見守られる事なく死ぬのは、自分に似合いだと思った。</p><p> 帰れる場所など、自分にはなかったのだ。</p><p>『わ…私も…ついて…行くって言ったら…?』</p><p>『また今度な』</p><p> ぼんやりと意識が戻る。</p><p> オレはサクラに未来を約束する言葉を伝えた。サクラはそれを受け入れ、待ち、そして追いかけてきた。</p><p> それなのに、自分はその約束を反故にしてこのまま死のうとしている。</p><p> 罪を贖うと言って、誰1人救ってもいない。</p><p> オレは何も贖えていない。何も返せていない。サクラの痛みを分かろうとせず、あきらめようとしている。</p><p> 腰に力を入れ、震える腕を支えに上体を起こす。近くに埋もれた岩をつかみ、腕に力を入れて、なんとか立ち上がった。</p><p> ゼエゼエと息を吐きながら印を結ぶ。</p><p> 息が出来る。立ち上がれる。まだ生きている。あきらめる理由はない。</p><p>「ウ…グッ……!」</p><p> チャクラを練る。集中しろ。歯を食いしばり、眉根を寄せ、全意識をチャクラを練る事に集中させる。</p><p> オレには待っている人がいる。戻る場所がないなどと泣き言を言って、あきらめる事が許される立場ではない。</p><p> ほとんどのチャクラを練り上げ尽くしたその時、現実世界への道が一点開いた。</p><p> 毒が回り、大量に出血している事で、印を結んでいる指の感覚も、立っている足の感覚も、もうなかった。チャクラも残っていない。</p><p> それでもオレはあそこに帰らなければならない。</p><p> あそこがオレの帰る場所なんだ。</p><p>「ウオオオ!」</p><p> そして、その道は開けた。どのぐらいの大きさかは、視界がぼやけてしまってもう分からなかった。ただ、向こうから伸びた腕が自分の腕をしっかりとつかんだ、その感触ははっきり分かった。</p><p> 鮮やかな緑が溢れる森が視界に飛び込んできた。オレの体はサクラによって抱きとめられている。</p><p> 帰って来れた。</p><p>「どこを怪我してる?」</p><p> 感慨に浸る間も無く、サクラは落ち着いているが強張った口調で尋ねた。</p><p>「…脇腹 右の脇腹 そこから毒も入っている」</p><p> サクラは直ぐにシートの上にオレを寝かせて、並べられた医療具から必要な物を手に取って行く。どうやら、怪我を見越して治療の準備を事前にしていたらしい。</p><p> 脇腹を厚い包帯で巻き、チャクラで体内の毒を取り出し、脇腹の傷を縫合する。</p><p> それらをテキパキとこなした後、今は、オレは緊急用の輸血を受け、サクラは何やら薬を調合している。</p><p> ゴリゴリと薬を混ぜ合わせているサクラの後ろ姿をぼんやりと見つめていると、助かったんだなという実感がこみ上げてきた。</p><p> 先ほどから必要な言葉だけを発し、今は黙って調合しているサクラの後ろ姿は、明らかに怒っているそれだった。</p><p> 無理もない、黙って行った上にわざとサクラを避けて野営地に行かせたのだ。こうして無言で治療していてくれるだけありがたい。</p><p> 帰る場所があると思える事を可笑しいと思いつつ、帰ればサクラが治療してくれると頭にあった自分が可笑しくて、口が歪んだ。</p><p> サクラがこちらを向き、調合した薬が入っているのだろう容器を見せる。</p><p>「チャクラでは抜けきってない毒をこれで抜くから 苦いけどガマンして飲んで」</p><p> 薬を飲む為、体を起こそうとするがまだ上手く力が入らなかった。サクラはそれを見越してオレの頭を抱える。器を受け取ろうとした時、サクラがその器を口に付けた。</p><p> 何をやっているのか分からず、薬を口に含むサクラを見つめる。それから、サクラの口がオレの口を塞いだ。</p><p> サクラの口から、ゆっくりと少しずつ流れてくる苦い液体を舌で感じる。呆気に取られていた頭も徐々に平静を取り戻し、流れてくる薬を少しずつ飲み込んだ。</p><p> 長い口づけの後、ゆっくりとサクラは唇を離した。</p><p> サクラがどんな顔をしているのか検討がつかなかった。</p><p> けれどやはり、一番見覚えのある顔をしていた。</p><p>「勝手に黙って行かないで!」</p><p> 悲しさと寂しさが溢れて、顔をクシャクシャにしている。</p><p> サクラの瞳からは大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。それが自分の頬や額に落ちるのを、黙って見ていた。</p><p> いつの間に寝ていたのか、目を覚ますと空は紅く照らされていた。ゆっくりと上体を起こす。</p><p> 周りを見渡すと、場所を移動したのか、自分がいる場所は森ではなく平地になっており、脇にテントが張られている。サクラは野営の準備中だったのか、集めた枝を持って、目覚めたオレに近付いてくる。</p><p>「気分はどう?」</p><p>「…大分良くなった」</p><p> それを聞くと、荷物に向かって小走りに走って行き、何かを持って帰って来た。</p><p>「ハイ 水」</p><p> 差し出されたコップを手に取り、乾いていた喉に勢いよく水を流し込む。飲みきったコップを差し出すと、サクラは持っていた水筒からお湯を追加し、またオレに差し戻す。</p><p> それを受け取り、今度はゆっくりと白湯を飲んでいると、サクラがゴソゴソと何かを取り出した。</p><p>「本当はおかゆがいいんだろうけど…もし食べれたら」</p><p>差し出されたのは、おにぎりだった。</p><p>「サスケくん おにぎり好きでしょ? お弁当 いつもおにぎりだったから…」</p><p> そんな昔の事をよく覚えているなと思いながら受け取る。治癒力はナルトとは比べられないが人並み以上なので、腹の足しになる好物はありがたい。</p><p> 昨日飯ごうに残った飯の残りで何かやっていたようだったが、コレだったのか。</p><p> バクッと口に含み、噛む。時間が経ち冷えていても、やはりおにぎりはうまい。おそらく力を入れて作ったせいだろう、少々固いのだがそれでもうまかった。</p><p> 左手がなくなった為におにぎりを自分で作る事がなくなったので、ここ数年食べたものは売店で売られているものや行商の作ったものだった。身近な者に握ってもらうのはいつぶりなのか。</p><p> 昨夜、自分の為に握っていたのだろうサクラの後ろ姿を思い出す。</p><p> そうすると、何故だか無性に泣きたくなった。</p><p> サクラは横で、少しばかり笑みをたたえて自分を見つめている。</p><p> そうすると、余計に涙が溢れてきた。</p><p> オレの涙に気付いたのか、サクラが心配そうにする様子が分かる。</p><p>「サスケくん どうしたの? まだどこか痛い?」</p><p> 見当違いな事を言うので、思わず口の端が上がる。零れ落ちる涙を腕でぬぐう。</p><p> ここはあまりにもあたたかい。まるで家族の中にいた時のようなあたたかさだった。</p><p>「…うまい」</p><p> うろたえていたサクラの動きが止まった。横に座り、じっと自分を待つ。</p><p> そばにいて、じっと待って、支えてくれる。そんな存在が自分にあるという安らかさをオレは一生忘れないだろうと思う。</p><p> 宝物のように自分の中にしまっておいて、辛くなった時は取り出して、心の支えにしようと思った。</p><p> 帰る場所があるなら、オレはいくらでも戦える。たとえ死の間際、その場所に居れないとしても、離れていても、その場所を守る為なら自分の命など惜しくないと思った。</p><p> この場所を守る為に命を捧げると誓う。</p>